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大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)422号 判決

控訴人 樫根修弘

被控訴人 国

代理人 坂本由喜子 ほか七名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。控訴人は昭和四九年七月一五日以降大和高田片塩特定郵便局局長たる地位を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対し昭和四九年七月一五日以降毎月一七日限り金一二万一九三二円を支払え。予備的に、被控訴人は控訴人に対し金九一二万四四一三円およびこれに対する昭和五〇年一二月二〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴人の主張

一  法律が行政庁に自由裁量権を与えるのは、将来生ずる一切の事実を予見してそれに最もふさわしい個別的解決を指示することが一般抽象的な法規範の性格上不可能であるために、行政庁に事案にふさわしい解決を委任しているにすぎないのである。したがつて自由裁量権は常に行政庁の自由な判断、選択を許すものではなく、従来からの慣行等によつては裁量権は零に収縮し、行政庁は特定の行政行為をなすべき義務を負担し、相手方はこれに対応して特定の行政行為をなすことを求める権利を有する場合が存在するはずである。本件につきこれをみるに請願者、局舎提供者はすべて自己ないしその親族が当該特定局局長に任命されることを信じて高価な私財を国に提供し、国も又これら関係者の信頼に応えて請願者らないしその親族を局長に任命してきたのである。

即ち、任命権者は前局長の相続人ないし親族を最優先に考慮しなければならない制約が課せられており、控訴人の如く局長としてなんら欠格事由を有しない者が、その選任を申出た場合、任命権者は選任するか否かの裁量は存在せず、本件はまさに「裁量の零への収縮」の理論が妥当するケースである。

二  右のとおり、任命権者の特定局局長の後任者任命の裁量権についてみる限り「裁量は零に収縮」し、任命権者はその選任を申出た控訴人を任命しなければならないのに拘らず、これを拒絶したのであるから、右任命権者の行為が控訴人に対する違法な公権力の行使に当ることは多言を要しないところである。特定局局長の後任には、前局長の退任理由が公金横領などの破廉恥罪でもない限り、その相続人ないし親族が任命されていることは被控訴人の認めるところである。このような事情の下において、任命権者の右違法な公権力の行使に故意、少くとも過失の存在することは明らかである。

被控訴人の主張

一  特定局長の地位は、創設費等を出捐する請願者に対価として与えられたものではない。請願者たる地位と局長の地位とは全く別個のものであり、施設と請願者との間は費用負担の関係にとどまるものであり、局長はまさしく局長として適任であるが故に局長に任命されるものである。選考の結果、前局長と親族関係にある者が特定郵便局長に任命されることがあつたとしても、それはたまたまそのような結果になつたということであつて、その地位を承継するとの前提で任用しているものではない。

二  国公法一条の規定からみて相続によつて公務員たる地位の取得がありえないことも亦特定の者を優先的に扱うことも否定していることも明らかである。更に同法二七条、二九条三三条七一条の諸原則も任用等において特定の者を優先的に扱うことを禁じている。

控訴人は裁量権に制約がある旨主張するがその趣旨が明らかでない。最大の能率を発揮しうるように適切な人材を任用していくことこそが任命権者の使命であつて、特定の者を任用すべく義務づけられているものではない。およそ双方の合意によつて新たな身分関係が成立する場合、身分関係を成立せしめるか否かについて他方が一方に義務づけられることなど近代的な法律関係にはありえないことである。公務員という身分の取得においても然りである。控訴人の主張は国公法の諸原則にも反し全く法律的根拠をもたない主張というべく、任命権者には控訴人を任用する義務がないからこれについて違背もなく、したがつて、これを理由とした国家賠償の請求も失当である。

証拠関係 <略>

理由

一  当裁判所も控訴人の請求はいずれも棄却すべきものと判断するもので、その理由は次に付加するほか原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。

二  原判決説示のとおり創設費、維持費の出捐と局長の地位とが対価関係にあるとは到底認め難く、むしろ設置された通信施設を利用し、その便益を享受しうるようになることと対価関係をなし、したがつて請願者の地位と局長の地位とが一致すべきものであるとは解し難く、勅令第二一五号逓信省令第五五号によると請願者の地位は逓信大臣の承認により第三者に承継せしめ得るほか相続その他の原因により承継されるものであるが、その地位は費用負担者としての地位であり、この勅令、省令をもつて局長の地位が承継の願出によつて移転する根拠とは解し得ない。

三  控訴人は、任命権者は特定郵便局長の選任につき裁量権なく、控訴人を局長に任命すべき義務を負担し、控訴人は局長に任命される権利を有すると主張するので検討する。

国公法は二七条において「すべて国民は、この法律の適用について、平等に取り扱われ、人種、信条、性別、社会的身分、門地又は第三八条第五号に規定する場合を除くの外政治的意見若しくは政治的所属関係によつて、差別されてはならない」と規定し、且つ職階制を定め(法二九条)、法三三条に「すべて職員の任用は、この法律及び人事院規則の定めるところにより、その者の受験成績、勤務成績又はその他の能力の実証に基いて、これを行う」と規定し、公務員の任用に際しては、すべての国民を平等に取り扱い、職階制により、その能力の実証にもとづいてのみ任用すべきこととし、旧来の身分制的なものを除去し、情実的な人事を排斥して、人事行政の公正を保持することにしたものであり、法は更にこの実効を確保するため罰則の適用を定めたのである(法一〇九条八号、一一〇条一項七号、一一一条)。更に、昭和二七年六月一〇日施行の人事院規則八―一二職員の任免二条は「いかなる場合においても、法二七条に定める平等取扱の原則及び法三三条に定める任免の根本基準並びに法五五条三項及び法一〇八条の七の規定に違反して職員の任免を行つてはならない」と規定した。従つて、任命権者はこれらの基礎的な基準ないし任免の根本基準に従つてのみ公務員の任免をなしうるのである。その裁量権もその範囲に限定せられるものである。控訴人主張の如く前局長の相続人ないし親族が、局長の選任を申し出た場合、欠格事由のないかぎり、任命権者は必ずこれを選任しなければならないもので、裁量の余地はない(控訴人のいう裁量の零への収縮)というが如きは、前記身分制ないし情実を唯一の理由として公務員を任用するに帰し、到底これを是認することはできず、却つて、これのみによつて公務員の任命を行つた場合には、右法条に反し違法なものといわねばならない。従つて、たとえ、控訴人主張の如き前局長の相続人もしくはその親族であるということだけで、後任局長に任用されるという慣行があつたとしても、右慣行は違法なものであり、また控訴人が後任局長への任用を右慣行に基き期待していたとしても、かかる期待は保護に値しないものであつて、右慣行ないし期待にそうことこそ、法の具体化又は執行を誤るものとして違法と解するほかはない。むしろ、国公法、人事院規則八―一二職員の任免の存在と弁論の全趣旨を綜合すると、従来、特定郵便局長の任用に、前局長の相続人が比較的多かつたのは、同人が比較的特定郵便局の内情に通じていた等の事情が他の任用基準と総合判断された結果にもとづくものと解するのが相当である。

本件は、鑑定書(<証拠略>)に指摘の、性あるいは宗教による区別などとは全く逆で、控訴人のいう「裁量の零への収縮」の理論(かかる理論の当否はしばらくおく)の適用される場合にあたらない。

四  以上のとおり、控訴人の請求は爾余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用につき民訴法九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大野千里 岩川清 鳥飼英助)

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